バードリサーチニュース

ヨーロッパで急増するガン類の保護管理

バードリサーチニュース2017年8月: 4 【論文紹介】
著者:神山和夫

図1.日本の1月のマガン個体数(環境省のガンカモ類の生息調査から)

ガン類は北米、ヨーロッパ、そして東アジアで急速に個体数が増加しています。日本で越冬するマガンは1970年1月調査の約4,000羽から2016年1月には約18万羽にまでなりました(図1)。日本のマガンは収穫後の水田に残る落ち籾を主食としてきたため農業被害は少なかったのですが、日本の農業政策は米から他の作物への転作を進めており、麦、大豆、ブロッコリーなど冬に育てる作物が増えるにつれ、食害の問題が起きるようになりました。

冬期に育つ麦畑や牧草地が多い西ヨーロッパでは、急増するガン類による農業被害が早くから問題になっていました。スウェーデンのAmbioという学術誌がガン類の保護管理を特集していますので、ヨーロッパでの取り組みの例を見てみましょう。西ヨーロッパで減少していたガン類は1950年代から増加に転じました。これはガン類が農地の作物を食べるようになったために環境収容力や繁殖力が高まったことが理由のようです。農業被害に加え、飛行場でのバードストライクも深刻な問題になっています。駆除により数を減らすため、ヨーロッパでは初めて多国間で協調した個体数管理計画も実施されています。

ガン類は農地を餌場にしたことで増えた

図2.ヨーロッパでのガン類増加の例。(当該論文の図を和訳して利用)

Anthony Foxさんら(論文1)によると、ヨーロッパでは生息地破壊や狩猟によって1930年代まではガン類が減少していましたが、保護区の設定や禁猟が行われて1950年代には個体数が回復してきました。ところがガン類の数はその後も増え続け、今日では農業被害を起こすことが問題になっています。個体数が増えているガン類は、いずれも生息地を自然湿地から農地(穀物や草地)に移している種で、高カロリーな農作物を食物にすることで環境収容力が高まったのでしょう。日本では海洋で生活してアマモなどを主食としているコクガンも、イギリスでは1980年代初めから牧草地、冬まき小麦畑、菜種畑で採餌するようになっているそうです。冬期に農地で採餌することは繁殖力の増加にもつながっていて、グリーンランドで繁殖するマガンでは、農地で越冬している群れのヒナ数がは自然湿地で越冬する群れに比べて10%多くなっています。越冬地の餌場として農地に依存することは、ガン類にとって決してよいことではないと、著者のFoxさんらは述べています。なぜなら、温暖化やグローバリゼーションの影響を受ける今日の農業では、農地の状態を大きく変えるような政策変更が起こる可能性があるからです。さらに問題は越冬地だけで生じているのではなく、激増する個体数は北極圏にある繁殖地の草を食べ尽くし、湖沼の富栄養化なども起こしかねません。

不十分な補償や防除策の欠如に怒る農家

図3.ノルウェーNord-Trøndelagの牧草地における、コザクラバシガンの糞数とねぐらからの距離の関係。糞数は12.6㎡のプロット3つの平均値。(当該論文の図を和訳して利用)

ノルウェーでは2006年からスヴァールバル諸島で繁殖するコザクラバシガンの牧草食害に対する補償制度が作られていて、補償を受けている農家はガンを追い払ってはいけない規則になっています。しかし予算不足から補償できる面積が少なかったため、農家は苦情を訴え続け、不満のある農家はガンの追い払いを続けています。図3のように、ガンが多いのはねぐらに近い牧草地で、そうした場所では日に複数回の追い払いをしなければガンの利用頻度が下がりません。しかし、行政からはそうした知識の提供もないため、農家は効果的な追い払いができておらず、防除のための情報提供がないことによって農家はさらに苛立ち、そうした農家からのクレーム対応で行政官が消耗するという悪循環が起きています。著者らは無益な対立を解消する策として、行政官が農家に補償制度や効果のある追い払い手法について丁寧に説明することや、現在は農家の苦情に基づいて設定している補償エリアを、客観的なガンの数(つまり被害額)に基づいて決めることを提案しています。

図4.コザクラバシガン(写真: Per Ivar Nicolaisen

銃による駆除

ガンを殺して数を減らす対策も講じられるようになりました(論文10)。ノルウェー、デンマーク、オランダ、ベルギーを渡るコザクラバシガン(図5)の個体数を減らすため、ヨーロッパで初めて多国間での個体数管理計画が作られました。この計画はアフリカ・ユーラシア渡り性水鳥保全協定(AEWA)に設置されたAEWA Pink-footed Goose International Working Groupで策定され、その資料やデータはAEWAのホームページで公開されています。個体数モニタリングにより3年ごとに駆除数を見直すことになっており、駆除数を決める個体数モデルは、個体数管理計画関係者とは別の専門家による評価を受けます。2011-2013年狩猟期には毎年平均11,300羽が駆除されましたが(図6)、今後は個体数を6万羽にするという目標に合わせて、さらに駆除数が増やされるということです。

[右]図5.スヴァールバル諸島で繁殖するコザクラバシガンの渡り経路。(Hessen 2017の図を和訳して利用) [左]図6.コザクラバシガンの個体数変化と狩猟数(狩猟+駆除)。(当該論文の図を和訳して利用)

バードストライク

空港には広い草地があるため、そうした場所を餌場にする野鳥が集まりやすくなっています。バードストライクを起こす種は草原性の小鳥類が多いと思われますが、ガン類の多くは丈の短い植物を餌にしているのでねぐらに近い空港が餌場になる場合があり、体が大きなガン類のバードストライクは非常に危険です。「ハドソン川の奇跡」とうい映画にもなったニューヨークでの不時着事故(2009年)は、旅客機の両翼のエンジンがそれぞれ複数のカナダガンを吸い込んで停止したために起きました。

図7.コペンハーゲン空港で観察された毎年のガン類の合計数。観察努力量は一定。

図6はデンマークのコペンハーゲン空港で観察されたガン類の個体数です。ここは空港近くにガン類のねぐらがあることから、空港の草地で採食する個体と上空を通過する個体の両方が問題になっています。コペンハーゲン空港では、ガンが好まない種類の草を植えたり、ガン類が嫌がる薬品を巻いたりしていますが、別の植物の侵入を防ぐことや頻繁に薬品を撒くことにコストがかかり、効果も限定的なようです。音で追い払う対策は初めは効果がありますが、すぐにガンが慣れてしまいます。犬を使って野鳥を追い払う方法もあって、これは世界各地の空港で効果が上がっているそうです。

空港の外部での対策では、カナダのバンクーバー空港が近隣の湿地でハクガンを追い払うのと合わせて、空港から9km離れた農地にハクガンの餌になる穀類を植えておくことで、空港からハクガンを遠ざけることに成功しています。オランダのSchiphol空港周囲の農地では、刈り入れ後の農地に落ちる穀類を土壌にすき込んでハイイロガンが食べられないようにして、空港近くにガンが来ないようにしています。

以上はAmbioの特集論文からのピックアップですが、将来日本でも発生しそうな事態について有益な情報が多いと思います。他にもガン類の増加と保護管理についての論文が掲載されていますので、興味のある方はぜひご覧ください。


Ambio Volume 46, Issue 2 Supplement, March 2017
Special Issue: Goose management: From local to flyway scale

これらの論文はクリエイティブ・コモンズのライセンス(CC BY 4.0)に従って公開されており、クレジットと改変内容を示せば文章と図を自由に利用することができます。「オープンアクセス」と呼ばれる一般公開の論文サイトが増えてきていますが、こうした論文はクリエイティブ・コモンズのライセンスを使って公開されていることが多く、研究成果の普及に役立っています。 

[1] Threatened species to super-abundance: The unexpected international implications of successful goose conservation
絶滅危惧種から過度に数の多い状態へ:成功したガン類保護がもたらした予想外で多国間にまたがる影響

[2] Why geese benefit from the transition from natural vegetation to agriculture
自然植生から農地への変化からガン類はどのような利益を得たのか

[3] Reconciling competing values placed upon goose populations: The evolution of and experiences from the Islay Sustainable Goose Management Strategy
ガン類個体群についての対立する価値を仲裁する:Islayの持続可能なガン類マネジメント計画の発達と経験

[4] Combining modelling tools to evaluate a goose management scheme
ガン類マネジメント計画を評価するためのモデリングツール

[5] Goose management in Scotland: An overview
スコットランドでのガン類マネジメント:概要

[6] Goose management schemes to resolve conflicts with agriculture: Theory, practice and effects
農業問題を解決するためのガン類マネジメント計画:理論、実践、効果。

[7] Responses of wintering geese to the designation of goose foraging areas in The Netherlands
オランダのガン類採食地の指定と、越冬ガン類の反応。

[8] Management of a Dutch resident barnacle goose Branta leucopsis population: How can results from counts, ringing and hunting bag statistics be reconciled?
オランダの留鳥であるカオジロガン個体群の管理:個体数カウント、標識、狩猟統計はどのように一致するのか

[9] The greater snow goose Anser caerulescens atlanticus: Managing an overabundant population
亜種オオハクガン:過剰な個体数を管理する。

[10] Implementation of the first adaptive management plan for a European migratory waterbird population: The case of the Svalbard pink-footed goose Anser brachyrhynchus
ヨーロッパの渡り姓水鳥個体群のための初めての順応的管理:スヴァールバル諸島のコザクラバシガン

[11] Crowded skies: Conflicts between expanding goose populations and aviation safety
混雑した空:拡大するガン類個体群と航空の安全

[12] Balancing ecosystem function, services and disservices resulting from expanding goose populations
拡大するガン類個体群によって生じる、生態系の機能、サービス、被害のバランスをとる

[13] Scaring as a tool to alleviate crop damage by geese: Revealing differences between farmers’ perceptions and the scale of the problem
ガン類による穀類への被害を緩和する手段としての脅し:問題の大きさと農民の認識の差を明らかにする

[14] Key actions towards the sustainable management of European geese
ヨーロッパのガン類の持続可能な管理のための重要な行動


その他の引用文献

Hessen, D.O., Tombre, I.M., van Geest, G. et al. Ambio (2017) 46: 40. https://doi.org/10.1007/s13280-016-0802-9

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