バードリサーチニュース

録音モニタリングの可能性

バードリサーチニュース 2025年6月: 1 【論文紹介】
著者:井上遠

自動撮影カメラ、ドローン、録音機、追跡機器などの進歩に伴い、野外調査の効率が格段に上がり、膨大なデータが得られる時代になりました。鳥類は音声でのコミュニケーションが非常に発達した生物で、録音機での調査がとても有効であると考えられます。2025年1月に、著者の井上さんらによる録音を用いたモニタリングに関する論文が公表されましたので、その内容について紹介していただきます。なお、井上さんから論文のPDFをお送りすることができますので、読みたい方はバードリサーチまでご連絡下さい。

 

●紹介する論文●

Inoue, T., Okura, Y., Yoshida, T., & Washitani, I. (2025). Passive acoustic monitoring for assessing forest bird distribution and identifying conservationally important areas in a subtropical forest landscape. Ecological Research, 1–14. https://doi.org/10.1111/1440-1703.12543

 

はじめに

 鳥の鳴き声の研究は古くから行われており、かつては重くて高価な録音機材を用いて鳥のさえずりを録音し、解析をすることが行われてきました(大庭 1988 Strixなど)。近年は、安価な録音機が簡単に入手できるようになり、手軽に鳥の鳴き声を録音することが可能になりました。その結果、以前は鳥の鳴き声を録音し、その鳴き声自体を分析する研究が主体でしたが、鳴き声を指標として生物の分布を調べたり、個体群動態(生物の個体数や密度が、時間や空間によってどのように変化するか)を調べたりする研究が行われるようになりました(Sugai et al. 2019 Bioscienceなど)。録音機材を野外に設置し、生物のモニタリングを行う手法を、最近英語では「Passive Acoustic Monitoring」、略してPAMと言います。Passiveは受動的なという意味で、プレイバックのようにこちらから音声を流して、それに対する生物の応答を調べる手法に対して、自然状態の生物の鳴き声や生態系の音を録音し、モニタリングするという意味を含んだ名前になっています。私が知る限り、日本語での決まった名前はないと思いますが、私は単に「録音モニタリング」と言っています。

 生物の分布や生息密度(もしくはその代替となる指標)を調べるためには、これまでは我々人間が野外調査を行い、生物の数を数えたり、鳴き声を聞いたり、痕跡を調べたりする必要がありました。録音モニタリングや自動撮影カメラは、それらに完全に置き換わることはできませんが、それらを補完したり、効率性を上げたり、得られるデータ量を(時には飛躍的に)増やしたりすることを可能にしてくれます。私たちは、奄美大島で録音モニタリングを行い、森林性の鳥類の分布を調べ、その分布に影響する要因を検討し、重要な生息地と保護区との関係を調べましたので、ここからはその研究の概要についてご紹介したいと思います。

 

奄美大島での録音モニタリング

 奄美大島は面積712平方キロメートルと、日本の中ではかなり大きな島です。島の8割以上は森林に覆われており、亜熱帯性の湿潤な照葉樹林が見られます。島の森林の多くは、スダジイを中心とする常緑広葉樹林の二次林に覆われており、一部にイスノキやオキナワウラジロガシが生育する比較的原生的な常緑広葉樹林や、リュウキュウマツが生育する常緑針葉樹の二次林も存在しています。

図1:奄美大島の照葉樹林

 

 私たちは、これらの森林にどのような鳥類が生息しているのか調べ、それらの鳥類の分布と、森林のタイプやその他の土地利用との関係を明らかにするために、森林域50箇所に録音機を設置し、録音を行いました。今回の研究で使ったデータはそれぞれ録音地点で3日分ですが、その前後も含め調査にいっている間に録音をしていました。日々バッテリーとSDカードの交換を続けていました。なお、録音をする際には、その場所の所有者に必ず許可を取るようにしてください。特に国立公園や国有林では、設置に申請が必要になる場合が多いので、その地域の環境省や林野庁の事務所に早めに連絡をするようにするとよいと思います。

 録音を行った時期は、2018年の4月16日~22日、朝は日の出の30分前から2時間、夜は日没後4時間録音を行いました。1日あたり6時間×3日間×50箇所なので、全部で900時間となります。これを全部聞くのはなかなか至難の業ですが、今回は音声データをスペクトグラム表示し、その波形から鳥の種類を判断するという手法を取りました。波形だけではわからない鳴き声は、実際に耳で聞いて判断しました。そうすることで、聞き取りにかかる時間を格段に減らすことが可能になります。実際に得られたスペクトログラムの図を以下に示します。初めて見た方は、これだけでは何が鳴いているかわからないかもしれませんが、慣れてくると波形だけで種を判別できるようになります。

図2:奄美大島で録音した音声データのスペクトログラム。

 

 これらの録音データから、今回は22種の鳥類を確認することができました。その中には、ルリカケス、オオトラツグミ、アカヒゲ、アマミヤマシギ、リュウキュウキビタキなど、奄美大島や南西諸島に固有の鳥類や、保全上重要な鳥類も含まれます。また、確認地点数が比較的少なかった、オオトラツグミ、アマミヤマシギ、カラスバト、リュウキュウキビタキについて、Occupancy modelという統計モデルを用いてこれらの鳥類の分布と環境要因との関係の分析を行いました。さらには分布予測も行い、予測された分布と国立公園との重複度合いについても分析を行いました。カラスバトでは針葉樹林の面積が多いほど生息確率が高く、オオトラツグミでは市街地からの距離が遠いほど生息確率が高いという結果になっていました(図3ab)。また、リュウキュウキビタキでは常緑広葉樹林、特に原生的な常緑広葉樹林の面積が多いほど、生息確率が高いという結果になっていました(図3cd)。また、リュウキュウキビタキの分布予測を行うと、島の中央部や南部の比較的原生的な常緑広葉樹林が残されている場所で生息確率が高いこともわかり(図3e)、そのような場所の多くは国立公園内に含まれることもわかりました。本種は、鳥類目録第8版で新たに亜種から種となりましたが、南西諸島のみに生息する日本の固有種です。今回記録された繁殖鳥類の中では最も確認地点数も少なく、その生息環境を適切に保全するとともに、その生態を明らかにしていくことが今後必要だと考えられます。

図3:各種の鳥類の生息確率に影響していた景観要因(a:カラスバト、b:オオトラツグミ、c, d:リュウキュウキビタキ、)と、島内のリュウキュウキビタキの分布予測(e)。元論文より、改変して作成。(a)~(d)の図の〇印は、各録音地点での在不在に対応しており、1の場合にはその録音地点でその種が確認されたことを、0の場合にはその録音地点では確認されなかったことを示します。なお、見やすさのために上下に少しずらしてあります。

 

 

終わりに

 最後に、録音モニタリングについての更なる可能性について、紹介をしたいと思います。生物の鳴き声は、その生物がそこに生息しているということだけでなく、様々な情報を含んでいます。例えば鳥のさえずりや雌雄の鳴き交わしであれば、そこでその鳥が繁殖しようとしているかもしれません。採餌や繁殖などある行動に関連した鳴き声であれば、その行動がその時間その場所で行われていることを意味します。最近は、夜の渡り鳥の生態に関する研究が精力的に行われるようになってきており、その中でも夜のフライトコール(Nocturnal Flight Call)を用いた研究が日本も含め世界各地で行われています(Gillings and Scott 2021 Ibisなど)。いつ、どんな場所を、どんな条件で、どのような鳥たちが渡っているのか、録音をすることがたくさんのことがわかってくると思います。また、音を発する生物は鳥だけではありません。いろいろな生物が音を発しますし、それらは互いに関係しあっています。また、川の音や風の音など、非生物的な音も存在しますし、それに加えて車や電車の音、工場の音など人間が発する音も存在します。生物的な音、非生物的な音、人為的な音のすべてをまとめて、Soundscapeと呼ばれています。音景観や音声環境といった意味で、地域ごとのSoundscapeの違いや特に人間が発する騒音が、個々の生物や生物が発する音にどのように影響しているのかを、調べた研究もたくさん行われるようになってきました(Pijanowski et al. 2011 Bioscienceなど)。

 我々人間は知覚に頼った生活を送りがちですが、鳥の鳴き声やいきものたちの声に耳を傾け、その世界を少しでも明らかにしていきたいと思います。