連載「日本の森の鳥の変化」スタート
2021年に3回目の調査が終了した全国鳥類繁殖分布調査,そして2022年度に第4期の調査が終了したモニタリングサイト1000調査。これらの調査で日本の森の鳥の状況がわかってきています。そこで,まだ「生態図鑑」に掲載されていない種について,その分布や個体数の変化を紹介していきます。
拡大している全国分布
ホトトギスは越冬期にはアフリカ東部からインドで,繁殖期にはアフガニスタンから日本にかけて分布し(del Hoyo et al. 1997),日本では北海道道南より南の地域で,おもにウグイスに托卵して繁殖します。全国鳥類繁殖分布調査の結果(植田・植村 2021)では,1970年代の581メッシュから,1990年代は631メッシュ,そして2010年代は829メッシュと分布は拡大し,北海道の道南以外の記録地点も増加しています(図1)。
森林率の低い場所で分布が拡大
ホトトギスはどのような環境で分布を拡大しているのでしょうか? 気候変動に伴って垂直分布を上げていたり,平地林の成長に伴い垂直分布を下げていたりする種がいるので,標高別の分布変化について集計してみました。垂直分布は緯度によって異なる(同じ種でも北の地域では低標高の場所に生息する)ので,ここでは,関東から近畿の範囲で1990年代と2010年代にほぼ同じルートで行なわれた全国鳥類繁殖分布調査の現地調査地の結果を比較してみました。
すると,低標高の場所で,ホトトギスの分布が拡がっていました(図2)。特に100m以下の低地で顕著であり,こうした場所は,農地・住宅地などの森林でない環境も多く含むので,森林率についても集計してみると,森林率が50%より高い森林地帯では大きな分布の変化がなかったのに対して,50%以下の調査地では大きく分布を拡大していました。
森林率の低い場所ではウグイスが増加
なぜ,森林率の低い場所でホトトギスの分布が拡大しているのでしょうか? 考えられる原因としては,ホトトギスが托卵するウグイスの分布の変化があげられます。ホトトギスと同様に森林率別のウグイスの個体数の変化を集計して見ると,森林率が50%以下の調査地では,ウグイスの個体数が増加している場所が多かったのに対して,50%より高い場所では減少している場所が多いことがわかりました(図3)。托卵相手の増加で,ホトトギスが分布を拡大しているのかもしれません。また,こうした開けた場所の森林は雑木林が利用されなくなったことなどで,樹齢が高くなっており,ホトトギスに適した森林になった可能性も考えられます。
森林では個体数が減っている可能性も
このように分布の拡大しているホトトギスですが,森林地帯では,個体数が減少している可能性も示されています。環境省のモニタリングサイト1000の森林のコアサイト・準コアサイトの結果で,有意な減少が示されているからです(図4,環境省生物多様性センター 2023)。その減少はシカが増加して,ササなどを摂食することにより下層植生が衰退し,ウグイスが減少した調査地で顕著であり(植田ほか 2019),平地への分布の拡大の結果と合わせ,ホトトギスの分布や個体数の変化には,托卵相手であるウグイスが大きく関わっていそうです。
ツツドリと競合?
ホトトギスの分布の拡大やウグイスとの関係を見ていくと,ウグイスがたくさんいる北海道で分布が拡がっていかないのが不思議に思えます。その理由の1つはホトトギスが南方系の鳥であることがあるかもしれません。大陸側の分布北限も日本とほぼ同じ緯度までで,それより北には分布していません。気温やこれまでの分布の歴史が制約となっていて,なかなか北へと拡がらないのかもしれません。
もう1つ考えられるのがツツドリとの関係です。北海道ではツツドリがウグイスに托卵していて(Higuchi & Sato 1984),托卵相手のウグイスをめぐっても競合します。全国鳥類繁殖分布調査の結果を見ると,ツツドリの分布は北海道では圧倒的で86%の調査地で記録されています(本州では30%,図5)。本州ではツツドリは森林地帯の鳥のイメージですが,北海道では森林率が10%以下の調査地でも69%の調査地で記録されるなど,アオジ,キジバト,ウグイスに続く記録率第4位に位置する(植田・植村 2021)どこでも見られる鳥です。個体数も北海道では平均5.0±3.6羽,本州は2.7±2.2羽と倍近くです。ツツドリが多いために,ホトトギスは北海道で分布を拡げられないのかもしれません。ツツドリは北方系の鳥のため,種間関係ではなく単に選好する環境が違うだけかもしれませんが,ツツドリの分布していない調査地ではホトトギスの平均記録羽数は3.1羽,1-3羽の調査地では,1.2羽,4羽以上の調査地では1.0羽とツツドリが増えるにつれて減少していました。
現時点では,ホトトギスが北海道でなかなか分布が拡がらない理由はわかりませんが,今後もホトトギスの,そしてツツドリの分布の変化を見ていくことで,明らかにしたいと思います。
引用文献
Del Hoyo J, Elliott A & Sargatal J eds (1997) Handbook of the Birds of the World Vol 4. Lynx Edicions, Barcelona.
環境省自然環境局生物多様性センター (2023) 2022年度重要生態系監視地域モニタリング推進事業(陸生鳥類調査)調査報告書.環境省自然環境局生物多様性センター,富士吉田市.
植田睦之・植村慎吾 (2021) 全国鳥類繁殖分布調査報告 日本の鳥の今を描こう 2016-2021年.鳥類繁殖分布調査会,府中市.
植田睦之・葉山政治・串田卓弥 (2019) ニホンジカの下層植生摂食の影響が宿主を通して托卵鳥へ.Bird Research 15: S11-S16.