冬の皇居は多くのガンカモ類が訪れます.先日,皇居の濠を散歩したところ,キンクロハジロ,オカヨシガモ,ヨシガモ,ハシビロガモなど8種のカモ類の他,今回の主役であるコブハクチョウを見る事ができました.コブハクチョウはヨーロッパ西部,中央アジア,モンゴルやシベリア南部などで繁殖し,冬はヨーロッパ東南部やアジア西南部へ渡る鳥で,元々日本には生息していませんでした.なぜ皇居にいるのでしょうか.
皇居に初めてコブハクチョウが現れたのは1953年12月,ドイツのハーゲンベック動物園と上野動物園から寄贈された時です.その後,繁殖や新たな放鳥によって世代を重ねて現在に至っています(国民公園協会HP参照).皇居のある千代田区の区の鳥はハクチョウで,「皇居を訪れる多くの人々を楽しませてくれ」ています(千代田区HP参照).このように,コブハクチョウは観賞用に導入されました.
さて,多くの人々が身近に見る事ができるコブハクチョウですが,その動向についてはしっかりと調べられていません.コブハクチョウは日本では外来種にあたるため,日本の生態系被害防止外来種リストや侵入生物データベースにも掲載されており(国立環境研究所HP参照),動向を把握しておく必要があります.以前,バードリサーチでは「こぶはくウォッチ」でコブハクチョウの情報を協力者の皆様から提供して頂きました。今回は環境省が実施する「ガンカモ類の生息調査」と「モニタリングサイト1000(ガンカモ類)」のデータを用いて,コブハクチョウの状況を見てみることにしました.
全国の個体数は増加傾向か
毎年1月に実施している「ガンカモ類の生息調査」の1996年~2017年までの22年間のデータを用いて,コブハクチョウの個体数変動を調べました. 本調査はおよそ9000ヵ所で実施されていて,全体の個体数変動を把握するには適した調査です.この調査によると1996年は全国で145羽が観察されていますが,2015年には380羽と22年の間で最大数が観察され,2017年も367羽が観察されています(図1左).
次にコブハクチョウの主要な生息地での変化を調べてみようと,22年間で4回以上コブハクチョウが観察され,かつ最大値が5羽以上の地点を選びました.主要な生息地での個体数合計は,図1右のように有意に増加しているため,やはり全国のコブハクチョウの個体数は増加していると言えそうです.
渡っていたコブハクチョウ
次にモニタリングサイト1000の調査結果からコブハクチョウの動向を見てみます.モニタリングサイト1000のガンカモ類の調査は秋,冬,春の3回の調査を実施しています.まずは北海道のウトナイ湖に注目しました.ウトナイ湖にいるコブハクチョウは1977年に函館市から7羽飛来したものが起源とされています.そして,ウトナイ湖のコブハクチョウは茨城県の北浦などに渡って越冬している事が標識調査から分かっています(JOGA10参照).モニタリングサイト1000の結果で,ウトナイ湖では秋の観察個体数よりも冬の方が少ないのは,渡りをしているためと考えられます(図2左).同様に青森県の小川原湖でもコブハクチョウの観察個体数が秋よりも冬の方が少ない結果が出ているので,こちらも冬になると南に越冬している可能性があります(図2中央).一方,ウトナイ湖のコブハクチョウが観察された北浦では,秋よりも冬の方が観察個体数は増えています(図2右).これは北からの渡りや,夏の間に分散していた個体が冬に北浦に集まるために数が増えていると考えられています.
全体の変動が見えにくい現状
コブハクチョウは一年を通して見られる場所が多いので留鳥と思われがちですが.季節によって個体数が変動していることが分かりました.また,ガンカモ類の生息調査の結果から,全国の観察個体数が増えている事も分かりました.そして生息数が多い小川原湖や北浦での季節による個体数変動を見る限り,コブハクチョウはそれなりに季節移動をしていることが考えられます.ただし,コブハクチョウは飼育や籠脱けだと考えられて記録されないケースがあるため,これまでの調査では全貌を把握できていない可能性があります.たとえば,ガンカモ類の生息調査では皇居の濠も調査地点になっていますが,調査結果にはコブハクチョウが記録されていませんでした.他にもコブハクチョウがカウントされていない箇所があるかもしれないので,今回の分析に用いた数字がどれだけ現実を反映できているのかは不明です.
コブハクチョウは鑑賞対象として多くの人々に親しまれているものの,人為的に導入された外来種でもあります.個体数が増加傾向にあり,さらに渡りによって分布が拡大する可能性もあるため,全国的な動向を注視していく必要性を感じました.