幼少期に自然体験があった人は環境保全意識を持つ傾向にあるということが、欧米では多くの研究から示されているようです。読者の皆さんにも、子供時代に自然体験があったおかげで、自然観察を趣味にしていたり、自然を守りたいという考え方を持つようになったと感じておられる方は多いことと思います。
私自身も、幼少期の自然体験から大きな影響を受けたひとりですが、私は野外で自然に親しむより家にいるのが好きな子供でした。そして、テレビの野生動物番組を欠かさず見て、シートン動物記やドリトル先生物語を何度も読み返していました。
私が経験したようなタイプの自然体験は「間接体験」と呼ばれることが多いのですが、正確には「追体験」というもので、これは「他人の体験を、作品などを通してたどることによって、自分の体験としてとらえること(デジタル大辞泉)」という意味の言葉です。自然に対する直接体験と追体験は、子供の意識にどのような影響を与えているのでしょうか?
東京大学の曽我昌史さんたちは、東京都府中市の小学生(3~6年生)にアンケート調査を行い、この二種類の自然体験の両方が、子供たちの自然に対する愛着や、生物を守ろうという考え方に影響を与えていることを明らかにしました。
アンケート調査では、まず直接的な自然体験のレベルを測るため、①近所の自然がある場所に行く頻度、②その場所で植物をさわる頻度、③動物を観察したりさわったりする頻度の3つについて、4段階で答えてもらいました。そして、自然の追体験のレベルを測るために、①自然についてのテレビ番組を見たり本を読む頻度、②両親や友人と自然や動物について話す頻度を、やはり4段階で質問しました。
次に、子供たちの自然への愛着を調べるために、子供たちの身近で見られる16種類の生きものの写真を見せて、それぞれについて「好き・どちらでもない・嫌い」の3段階で答えてもらいました。さらに、生物多様性を守りたいという意欲を調べるために、この16種の生きもの各々について、「守りたい・どちらでもない・守りたくない」の3段階で質問しました。
これらのデータを分析した結果、子供たちの自然への愛着と生物多様性保護の意欲は、自然の直接体験と追体験の両方と正の相関があることが分かりました(図1)。
性別では男子の方が愛着と意欲のレベルが高くなっていますが、著者らは女子は生きものに恐れを持つ傾向があることや、男子の方が生きものを恐れてはいけないという社会的圧力を受けている可能性があるためではないかと述べています。私は、植物への好みを質問したとしたら違った結果が出たかもしれないと思いましたが、動物ほど好き嫌いが明確にならない対象なので、解析しにくいのかもしれませんね。
16種の生きものについての愛着と保護の意欲を見てみると(図2)、クラスター1の種では愛着・保護意欲ともにプラスのスコアになり、クラスター2・3ではマイナスのスコアになっています。このことから、クラスター1は子供たちにとって好ましい生きもので、2・3は嫌な生きものだということが分かります。
私の感想ですが、クラスター1では保護意欲のスコアが愛着を上回っていて、これは自分が好きではない種でも保護すべきだと考えている子供がいることを意味します。一方、クラスター2・3では値はマイナスですが、やはり保護スコアは愛着スコアを上回っていることから、嫌いな生きものであっても保護しないという考えには否定的な子供がいることがわかります。本研究では子供たちがなぜそう考えたかまでは調べられていませんが、嫌いな生きものにも生存すべき理由がある、あるいは多様な生きものの存在に価値があると考えているのなら、将来、社会全体の環境保全意識が高まっていくのではないかという希望を感じさせる結果だと思います。
さて以上の結果から、著者らは自然の直接体験について、東京のような都市化が進んだ地域でも、子供が利用できる自然環境が残されていることは、自然そのものを保護するというだけでなく、都市住民の自然体験を消失させないために非常に重要だと述べています。さらに、もし子供の身近な場所に自然環境が残されていない場合は、自然に対する追体験が、子供たちの自然への関心を高めるために役に立つと述べています。
私がこの論文を読んで思ったのは、環境教育では自然の直接体験が重視されていますが、子供を野外に連れ出すことが難しい教育現場では、もっと追体験教育が取り入れられてよいのではないかということです。本研究の分析では、自然への愛着や保護意識に対して追体験より直接体験の方が強い影響があるという結果が出ていますが、これらは普通の生活から得られた体験の分析結果なので、教育手法を研究することで、より質の高い追体験を創り出すことができるのではないでしょうか。