ひと昔前になりますが、1990年代に、春から夏に日本で繁殖して東南アジアで越冬する「夏鳥」が東南アジアでの森林破壊が原因で減少しているのではないかと指摘されていたことを覚えている方も多いと思います。減少が進んでいる種に森林性の渡り鳥が多かったことと、それらの種の越冬地になっている可能性があるインドネシアで焼畑農業が火元になった大規模な森林火災が続いていたことから、当時は東南アジアの森林減少が大きな注目を集めていました。夏鳥の減少割合は種や地域により異なっているので減少要因の解明は一筋縄ではありませんが、夏鳥の多くが東南アジアで越冬しているのですから、そこの森林環境がなくなることが保全にとってよいはずがありません。
バードリサーチがフィリピンの森林コーヒー農園で夏鳥の調査をしていることは、これまでにもニュースレターで紹介してきました。昨年秋には、目標のひとつだった調査地で生産されたコーヒーの日本での販売を始めることができました。ここで、このプロジェクトのこれまでと将来について、お話したいと思います。
渡り鳥の越冬地を守るプロジェクトはルソン島マウンテン州の山岳地帯にあるタジャン町をフィールドにしてフィリピンの環境NGO「Cordillera Green Network(CGN)」と共同で実施しており、アグロフォレストリーと呼ばれる手法でアラビカ種のコーヒーノキやその他の作物を森林内で生産している農園で、そこに生息する野鳥の調査と農民への技術支援を行い、野鳥の生息地を守りながら持続可能な農業を続けられるようにすることを目的にしています。
フィリピンでは21世紀になってから岩手県と同面積の森が消失
東南アジアの森林破壊は報道されることが少なくなりましたが、いまだ沈静化したわけではありません。21世紀になってからも、フィリピンでは琵琶湖の面積に相当する67,000haの森が毎年消えていて、2001~2024年に失われた森林は岩手県の面積に匹敵する15,200平方キロにもなります(参考文献)。そして、その約9割が森林が農地に転換されたことによる減少なのです。日本で森林破壊といえば道路や建物の建設のためにに森を壊すイメージがありますが、フィリピンだけでなく東南アジアの多くの国々で、農地やプランテーションの開発は森林破壊の最大要因になっています。図2はマニラからタジャンへ行く途中の風景です。標高1000~3000mにあるルソン島の山岳地帯では長く自給自足の農業が行われていましたが、今世紀になってから大都市向けの野菜生産が広まり、伝統的な焼畑農業が大量生産という経済システムに結びついたために、広⼤な⾯積の森が焼かれるようになりました。山頂まで畑にされた場所は水源林を失って水不足に苦しんでいるほか、台風の通り道であるルソン島では風雨で斜面の畑が流されてしまう被害が毎年のように発生しています。じつは今回の調査では当初、アグロフォレストリー農園と天然林の鳥類相を比較する計画だったのですが、調査地一帯の森はすべて最近になってから一度焼かれていて、天然林と呼べるのは細い木が生えた二次林しか見つかりませんでした。タジャンは大都市から離れているため前述のような過度な農地開発はされていません。しかし、そのような場所でも長いあいだ人の手が加えられていない森が存在しないことからも、フィリピン全体の森林喪失の深刻さをうかがい知ることができます。
アグロフォレストリー農園でのコーヒー生産
コーヒーノキは直射日光に当たると葉が焼けてしまうので、伝統的な方法では高木の下の林床に植えて日陰で栽培されます。しかし現代では日光に強い品種が作り出され、図3(左)のようなコーヒーノキだけを植えた農園が多くなっています。一方、アグロフォレストリーのコーヒー農園には図3(右)のように多様な高木が茂り、その下にコーヒーノキが植えられています。アグロフォレストリーは熱帯地方では一般的に行われている農法で、フィリピンではコーヒーのほか、バナナ、マンゴー、イモ、マメ、ショウガなど多種多様な作物を栽培します。同じ面積から得られる現金収入では森を切り開いた農地に及びませんが、森の保水力があるので水不足にも耐えられ、落ち葉などの自然の養分を利用できるためあまり肥料も使いません。そして重要なのは、アグロフォレストリーはそこを農地に利用する所有者にとって利点があるというだけでなく、斜面の崩落などの災害リスクを減らし、水源林まで破壊してしまうような農地開発を緩和して、地域全体の自然資源を守ることに役立つという点です。
日本の市民調査の手法で鳥を調べる
タジャンでは12か所のアグロフォレストリー農園で鳥類調査をしました。急峻な斜面では歩きながら調査をすることが難しいため、日本全国で市民参加型調査として行われているモニタリングサイト1000(環境省事業)のスポットセンサス法を用いました。これは半径50m以内の野鳥を10分間で記録するという方法で、2024年4月、12月、2026年2月に調査を実施しました。熱帯のフィリピンにも野鳥の繁殖期はあるようで、4月にいちばん記録種が多く、12月になると林内ではあまり鳥の声もせず静かになりました。そして2月の調査ではまた記録が増えて、繁殖のピーク時期に向かって野鳥の活動が盛んになってきているようでした。鳥類相を比較するための森林タイプは4つに分けましたが差は小さく、裸地に植林してコーヒー栽培をしているタイプの農地の種数が少なめなようでした(図4)。私たちが記録した野鳥は、ポイントセンサスで79種、それ以外の観察で33種の合わせて112種でした。越冬に来ている渡り鳥は11種記録され、その中には日本国内や周辺で繁殖している夏鳥もいます(図5)。
エシカル消費で農家を支援
この森に生息する野鳥を守るには、農家がアグロフォレストリーでコーヒーを生産する収入面でのメリットを実感できなければいけません。日本でトキやコウノトリが利用する水田をブランドにして米を販売しているように、野鳥が生息地として利用できる環境を維持しながら農業を営むことは、そこでの産物の付加価値になります。そこで、日本の野鳥米をお手本にして、タジャンのコーヒーを「渡り鳥が冬を過ごす森のコーヒー」として、日本での販売を始めました。
商品を価格だけで選ぶのではなく、社会や環境に与える影響まで考えて選ぶことをエシカル消費
(倫理的消費)と言うそうです。フィリピンの森の保全活動を、一杯のコーヒーから応援してみませんか? 販売店や通販の詳細は、こちらかで確認いただけます。売上げの一部はバードリサーチに寄付されます。 https://coffee.bird-research.jp/top/coffeeshops
タジャンの市民が参加して野鳥のモニタリングを継続
野鳥保護をコンセプトとしてブランディングしたコーヒーを継続して販売していくためには、タジャンのアグロフォレストリー農園で、これからも野鳥の生息地に適した環境を守っていかないといけません。そのためにいま、現地の住民の皆さんの参加で野鳥のモニタリングを続けられる体制を作ろうとしています。そのためのツールとして、私たちが行った調査でよく見られた野鳥を掲載したタジャンの野鳥図鑑(Field Guide to the Birds of Tadian)を編集中です(図6)。そしてこの図鑑を使って、地元の野鳥の専門家に依頼し、身近な野鳥の識別とカウントを学んでもらうトレーニングを今年から開始する予定です。
タジャンでの調査は次の皆様に協力していただきました。感謝申し上げます。天野孝保、石田健、上田明子、上田恵介、大西敏一、Dariel Naguit、John Bibar。伊原来美、反町真理子、Lly Jamias、Mhyra Seset(以上4名はCordillera Green Network)。
参考文献
Global Forest Watch Webサイト https://www.globalforestwatch.org/





