先月のニュースレターで、環境省の報告に基づいて日本のシギ・チドリ類の状況は厳しいという記事を書きました。シギ・チドリ類は国をまたいで大きく移動するため、日本だけでは状況は把握しきれません。今回は、日本を含む東アジア・オーストラリア地域フライウェイ(EAAF)におけるシギ・チドリ類の概況と、主要各国・地域の要点をお話しします。フライウェイとは、主に渡り鳥が移動する経路を示したものです。状況の詳細については、EAAFPの「Conservation Status Report 1(CSR1)」(2022年)とWetlands InternationalのWaterbird Populations Portal(WPP)を参照し、各国の報告を基に、近年の研究と保全動向を補っています。
フライウェイ全体の概況
東アジア・オーストラリア地域フライウェイ(EAAF)の水鳥(シギ・チドリ類含む)の状況について報告した「Conservation Status Report 1(CSR1)」では、276個体群のうち、トレンドが判明している159個体群では「減少」が42%、「増加」は27%で、減少傾向にある個体群が多く、また多くの個体群でトレンド情報自体が不足しています。特にシギ 科は全体的にネガティブな傾向を示していて、チドリ科もポジティブな傾向を示しているのは1/4以下の種と報告されています。主要な脅威としては、黄海の干潟消失・改変、沿岸開発・埋立・養殖池化、違法捕獲・混獲、攪乱、気候変動(海面上昇・極端気象)など多岐にわたり指摘されています。また、多様な言語・人種から構成される22カ国にまたがるこの地域は、人口が多く開発圧力が高いため、湿地の消失にさらされやすく、他地域のフライウェイと比べても、渡り性水鳥の個体数が最も減少していると報告されています。
ただ、保全に対する前向きな動きもあります。問題の要となる黄海沿岸の世界遺産登録(中国は2019年・2024年の段階登録、韓国は2021年)により、フライウェイの中継地の核心部である黄海において、保全枠組みの強化が進行していることや、東南アジア地域の調査体制が強化されてきていることなどです。
国・地域別のポイント
フライウェイの主要な国や地域におけるシギ・チドリ類から見た役割や状況について以下にまとめています。
アメリカ(アラスカ)
ムナグロ、オオソリハシシギの一部、ハマシギの一部などのシギ・チドリ類の繁殖地。
気候変動による海面上昇による沿岸部の湿地の浸水の恐れや植生の変化、繁殖地での餌資源のピークと繁殖タイミングとの不一致などが指摘されている。また、アラスカでのモニタリングデータはEAAF全体の個体群評価に重要だが、範囲は限定的であり情報に不足がある。
ロシア(極東・シベリア)
ヘラシギなど多くの長距離渡りシギ・チドリ類の主要な繁殖地。
ツンドラの融雪時期変動など温暖化が繁殖地に影響を及ぼしている。また、局所的なシギ狩猟(チュウシャクシギなど)の問題がある。多くのシギ・チドリ類の分布と個体群に関する情報が不足している。特に、繁殖地が広い分散型のシギ・チドリ類のモニタリングが不足しており、保全行動の優先順位付けが困難になっている。繁殖成否の年変動は大きく、年の気象条件に左右されている。
中国
EAAFにおける長距離渡りシギ・チドリ類の最も重要な世界的中継地黄海・渤海を擁する。越冬地も広範。
黄海の干潟の縮小が多種の急減に結びつくと認識されている。一方、2019年・2024年の世界遺産登録で干潟の法的保護は強化されている。外来植物(スパルティナ)除去・湿地回復の取組が拡大しており、黄河デルタでは湿地回復・管理強化後にシギ・チドリの増加が報告されている。
香港
面積は大きくないが、湿地管理の好事例地。米埔(マイポ)・内后海湾は越冬地。
開発・攪乱圧は続くものの、精密管理(植生・水位・人為攪乱制御)により毎年約50種・3万羽超が利用する(2016–2021年)。継続モニタリングが実施されている。
大韓民国
黄海側の干潟群(ゲッボル)がシギ・チドリ類の渡りの中継地。
ゲッボルの世界遺産登録により保全機運が上昇した。過去の大規模埋立(セマングム干潟)の負の影響は残るが、干潟回復・管理が進められている。
台湾
干潟・水田・養魚池などがシギ・チドリ類の越冬地・中継地。
沿岸開発により広域的な干潟減少・攪乱の影響で、渡り期・越冬期のシギ・チドリの一部の種は減少傾向が報告されている。管理型代替生息地(塩田・養殖池)を活かした季節水位操作など能動的管理で渡来数が安定〜回復している群もある。
ベトナム・タイ・カンボジア・ミャンマー(本土東南アジア)
マングローブ・干潟・塩田・養殖池がシギ・チドリ類の越冬地。
違法捕獲(ミストネット等)の規模が大きく、保全上の最重要課題の一つになっている。生息地は養殖や観光開発と競合している。保護区・塩田での水位管理やネット撤去対策で局所的に回復している例もある。トレンド情報が不明/不確実な個体群が非常に多いことも課題。
マレーシア・シンガポール・インドネシア(半島・島嶼東南アジア)
マラッカ海峡沿岸・海草藻場・干潟がシギ・チドリ類の越冬地。
沿岸開発と攪乱・捕獲リスクで減少が目立つ。シンガポールは小面積ながら管理型干潟で安定的な渡来を維持している。トレンド情報が不明/不確実な個体群が非常に多いことが課題。
オーストラリア
EAAF最大級のシギ・チドリ類の越冬地。
水鳥の全体動向は降雨の影響を強く受け、2024年の東豪州広域調査では水鳥数が前年から大きく減少(乾燥化)。降雨回復年には内陸繁殖性の水鳥が反発増を示すが、渡りシギ・チドリは長期減少が続く種が優勢している。干潟開発・攪乱と気候変動の複合影響が脅威とされる。
ニュージーランド
ムナグロ、オオソリハシシギ等の主要な越冬地。
越冬地の攪乱、気候変動、北半球渡来種で長期減が顕著と総括され、渡り中継地(黄海)の状態に強く依存するとされる。全国調査が継続的に実施されている。
国別の主要な種のトレンド
モニタリング調査を長期にわたって実施している地域や国は多くはありませんが、日本とも関連する種の主に越冬期のトレンドについて、抽出して表にまとめました(表1)。参照した報告と分析期間は、中国は「China Coastal Waterbird Census Report (1.2012 – 12.2019)」から、2012~2019年の年間と冬期の傾向解析、韓国は、「International importance of tidal flats in the Republic of Korea as shorebird stopover sites in the East Asian–Australasian flyway」から2014〜2015年と2019〜2020年の渡り期の比較、台湾は、「Taiwan New Year Bird Count 2023 Annual Report」から2014〜2023年(金門諸島は2019年から)の冬期の傾向解析、オーストラリアは「Australia’s migratory shorebirds Trends and prospects」から1993~2021年の11月から2月のデータを用いた傾向解析、日本は、「シギ・チドリ類調査 2004-2022年度 とりまとめ報告書」から1999~2022年の春・秋・冬期の傾向解析を用いています。
フライウェイの一部の国であり、期間や時期、分析方法も異なるので一概には言えませんが、ミヤコドリ、ソリハシシギ、アカアシシギのように他国でも増加傾向を示す種。シロチドリ、ダイシャクシギ、オオソリハシシギ、オバシギ、タカブシギのように日本と同様に減少が危惧される種。ダイゼン、トウネンのように日本では減少が目立つものの、他国では増加傾向や変化がない状況の種など様々ですが、繁殖地や渡りのルート、生息環境の類似性、国ごとの脅威など詳細に見ていくことで、日本での減少や増加についての要因を考察できるのではないかと考えています。
モニタリングの継続と拡張の重要性
シギ・チドリ類 は、EAAF全体で最も情報が不足している分類グループの一つです。特にシギ類 の個体群の78%は減少傾向、または不明/不確実であり、EAAF全体で最も保全上の課題が大きいグループとなっています。EAAFの広大なフライウェイにおける保全活動を効果的に行うには、現在、「不明」または「不確実」と評価されている個体数推定とトレンド情報の質を、フライウェイモニタリングの枠組みを通じて改善していくことが強く推奨されています。日本は、東アジア・オーストラリア地域フライウェイ・パートナーシップ(EAAFP)の中核パートナーであり、ギャップの多い東南アジア地域のASEAN Flyway Network(AFN)の設立に関わるなど、フライウェイサイト・ネットワークの整備、保全・調査・CEPA・能力強化について支援を行っています。日本の状況を改善したり把握するためにも、今後も国際的な連携が必要になっていきます。


