●これまでの確認地点の整理と情報収集
タマシギは、草むらに隠れていることが多く、見つけにくい鳥ですが、繁殖期の夜間によく鳴きます。その習性を利用し、2023年から繁殖期(4〜9月)の鳴き声調査を提案して、約40名の協力者から2025年までに約350件の情報提供をいただきました。ありがとうございました。調査の方法はシンプルで、あらかじめ決めた地点に行き、日没後に一定時間(例:6分)滞在して鳴き声を聞きとる設計になっています。得られた位置情報は、タマシギの保護のために「詳細位置は公開しない」方針に従って一次メッシュ(約80km四方)という大きな区切りで整理し、調査で鳴き声が得られたメッシュ/得られなかったメッシュに分けました。同時に、公開されている記録(鳥類繁殖分布調査、バードノート、eBirdなど)や、Web(ブログ・SNSなど)から、2023~2025年の繁殖期に市町村レベルで「時期と場所が特定できる」写真記録を抽出し、調査結果と統合し直近の結果としてまとめました。さらに2000〜2022年の繁殖期のタマシギ情報も同様に整理しました。図1に2022年より前のまとめを、図2に2023~2025年のまとめを示しました。図1と図2の差は、必ずしも「本当の分布変化」だけを意味しておらず、調査回数や実施時間、記録サイトの普及、位置情報の精度なども結果に影響しています。整理した結果、内陸部(例:信州地域)、日本海側、東北の北限域など、過去は確認されたが近年空白になっているメッシュを「検証優先枠」とし、調査の抜け(ギャップ)を埋めていく必要があることが分かりました。
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図3の赤色の濃淡は、2000〜2025年繁殖期に収集した全確認地点を起点に半径50kmのバッファを重ね、『観察が多い場所』ほど濃く見えるようにしたものと、Carrascoら 2022 により提供されている水田の推定分布(2015~2019年)を緑で示した図です。地図からは、太平洋側の低地〜内湾沿岸、瀬戸内沿岸など、低地の平野で水田景観が連続する地域、また人口が集まる地域で観察の集積が強く、山間部では薄い傾向が読み取れます。一方で、薄い地域がただちに“不在”を意味するわけではありません。観察者が少ない、夜間に現地へ行きにくいなど、調査や確認のしにくさが分布図に反映されている可能性があります。ただ、これまでの報告などからタマシギは水田・休耕田・湿地を利用していますが、必ずしも人里離れた静かな場所で生活しているとは限らないようです。むしろ、生活しやすい水管理(時期による湛水の有無)、休耕田の植生、捕食者の多寡などの条件の組み合わせが効いていると考えられます。将来的には、観察労力の地域の偏りを解消して、全国の水田・休耕田の分布・気温などの環境指標などと重ね分布の分析していきたいと考えています。
●課題や情報収集・調査法の改善
課題を大きく三つに整理しました。第一に、山間部や人口の少ない地域での見落としです。第二に、夜間調査の負担(安全、恐怖感、生活リズム、晩酌後に出られない等)により、継続性と再現性が下がる点です。第三に、調査設計では3回行えば確認できるのではとの判断でしたが、調査間隔が適切ではないと「たまたま鳴かなかった」ケースもあって、未確認が“本当の不在”か誤判定の可能性があることです。
改善策としては、①調査ポイントの整理を行い未調査地の情報共有を行うこと。②夜間が難しい参加者向けに、早朝・夕方の薄明条件での検出率を比較して調査方法を拡張できるか検討すること。③同一地点での適切な間隔の反復を推奨し、確認できなかったデータも努力量付きで記録しておくこと。さらに、強風・豪雨など聴取条件が悪い日は避け、条件差を小さくしたり、鳴き声に迷う場合は短時間録音を推奨し、後から検証できる形にすることなどです。また、典型的な鳴き声の共有、紛らわしい音の例示を行い、データ品質の底上げを行うことも想定しています。
●今後の調査
今後は「同じ地点で継続して確認できるか」と、「確認地点を増やす」を行っていきます。具体的には、(1) 2023〜2025年に確認された場所を再訪し出現を把握。(2) 2000〜2022年に確認があるのに近年は空白となったメッシュや場所は、分布縮小なのか調査不足なのかを検証。(3) 北限域・内陸の空白は、アクセス可能な地点から段階的に配置し、調査努力量を均す工夫が必要と考えています。また、継続参加を促す仕組みも重要と考えており、これまでの参加者の皆さんへ調査シーズン直前に連絡を入れるようにしていきます。
現地調査では、同時にヒクイナの鳴き声もよく記録されています。今後の発展として、夜間に行動する他の鳥の情報も同時収集できれば、夜間の湿地利用について可視化でき、湿地環境の保全提案の説明力が高まるかもしれません。
●調査参加・情報収集へのお願い
タマシギは環境省レッドリストでVU(絶滅危惧Ⅱ類)とされ、圃場整備や乾田化、休耕田の減少などによる生息地縮小が脅威として挙げられています。しかしながら、なかなか見つけにくく“変化”を拾うには、市民協力によるモニタリングや観察報告が有効だと考えています。参加のポイントはシンプルで、(1) 決めた地点で6分間、(2) 夜間、(3) 同じ場所をシーズン内に3回、で十分に科学的価値がでます。もし確認できなくても、調査したが鳴かなかった情報も、分布推定の精度を上げる“重要データ”です。また別途、録音・写真の情報も、同定の再確認ができ誤同定リスクも下がり期調査情報となります。
安全第一で、無理のない範囲で参加していただければ幸いです。空白域の“1回だけの調査”でも重要な協力となります。
参考文献


