カワアイサは本州以南では冬に飛来する魚食性のカモの仲間ですが、北海道では繁殖していて、かわいいヒナの姿を見ることができます。繁殖地はユーラシアと北米に広がっており、大きな体ですが樹洞を使って繁殖します。このカワアイサ、一腹卵数は8~12個なのにもかかわらず、数十羽のヒナを連れた母親が見つかることがあります。今年7月にはアメリカ合衆国東部のBemidji 湖(ミネソタ州)で、1羽のメスが、なんと76羽ものヒナを連れている写真が撮影されました。
76羽のヒナ連れ写真はこちらのTwitterのリンクでご覧ください
これほど多くのヒナがいるのは他人のヒナも連れているせいだと考えられていますが、なぜそうしたことが起きるのでしょう?
ヒナ混ぜ
複数のメスから生まれたヒナが1つの集団になることはヒナ混ぜ(brood amalgamation)と呼ばれ、実はガンカモ類の多くの種に見られる生態です。日本ではガンカモ類のほとんどが冬鳥なのでヒナ混ぜを観察する機会は少ないのですが、オオハクチョウとコハクチョウは一腹卵数の最大が6~7個なので、それ以上の若鳥を連れていればヒナ混ぜが起きていると考えられます。2000年11月に稚内市の大沼で12羽の若鳥を連れたコハクチョウが観察されたことがあり、この子たちはヒナ混ぜでできた集団だったのでしょう。生態的には繁殖密度が高い種類や樹洞で繁殖する種類のガンカモ類の多くがヒナ混ぜの習性を持っており、カワアイサは後者に属します。ところで、自分のヒナを他人に育てさせる形態には種内托卵もありますが、ガンカモ類では種内托卵をする種ほどヒナ混ぜも起こりやすい傾向があり、卵の状態でもヒナの状態でも、他人に世話を押しつけたいという習性があるようです。
どのような状況下でヒナが混ざり合うのかは、あまり観察事例がありません。いろいろな種で、親同士のテリトリー争いでパニック状態になったヒナが混ざり合い、一方の親に付いていく例が報告されています。しかし、後述のようにヒナ混ぜは一定のメリットがあって進化した行動だと考えられていますから、アクシデントが起きたときだけヒナが混ざるのではなく、家族同士が出会えば自然とヒナが混じることも起きているのかもしれません。それから、ヒナ混ぜには相当大きな群れを作る形態もあります。ケワタガモやホンケワタガモは最大数百羽のヒナが群れを作り、そこに複数のメスが入れ替わりながら付き添います。このようなヒナの群れはクレシュ(crèches)と呼ばれています。
ヒナを放棄する親と引き受ける親のメリット
他人にヒナを押しつけるメリットは比較的分かりやすく、卵でもヒナでも他人に育ててもらえば子育ての負担がなくなるからでしょう。一方で、なぜ他人のヒナを引き受けるのかにはスッキリした説明がありません。ハクチョウ類のようにヒナが数羽しかいない種では他人のヒナを区別できそうなものなのに、どうして追い払わないのでしょうか? 他人のヒナを受け入れる理由としては、ガンカモ類の幼鳥は自力で餌を見つけるので親の負担は増えない、ヒナが多い方が捕食にあっても自分のヒナが生き残りやすい、近くで営巣するメス同士の血縁率が高い場合は他人のヒナを育てる行動が進化する、などの説があります。
私たちの身近に見られる水面採食ガモの仲間にはヒナ混ぜの事例が少ないのですが、日本で繁殖しているカルガモの一腹卵数は10~14個なので、15羽以上のヒナがいる家族を見かけたら、ヒナ混ぜが起きているのかもしれません。
参考文献
Beauchamp G. 1997. Determinants of Intraspecific Brood Amalgamation in Waterfowl. The Auk 114(1): 11-21.
John ME, Patrick K , Thomas DN. 1988. Pre-hatch and post-hatch brood amalgamation in North American Anatidae: a review of hypotheses. Canadian Journal of Zoology. 66(8): 1709-1721.
Mark Brazil. 2002. 日本におけるコハクチョウ Cygnus columbianus bewickiiの集団育雛事例. 山階鳥研報 33:204-209.