鳥たちはなぜ、時には数千kmもの長距離を移動するのでしょうか。現存する約9,300種の鳥類のうち、約15%が繁殖地と越冬地を行き来する「渡り」を行うと言われています。その神秘性は、多くの研究者やバードウォッチャー達の関心を集めてきました。今年の5月初めにNature Ecology & Evolutionに発表された論文によると、鳥たちが渡る理由は”コストパフォーマンス”にあるようです。
紹介論文「Energy efficiency drives the global seasonal distribution of birds」
生物はエネルギー効率が良いところに分布する
そもそも、生物がいる場所(分布)は、どのように決まるのでしょうか。それを決める要素の1つはエネルギーだと言われています(例えば餌)。エネルギーがたくさんある場所には多様な生物が集まり、生物多様性が増すと言われています。また、生物の体の大きさや卵の数は、エネルギーを効率よく使った結果と考えられています(もしエネルギ―を効率よく使えなければ、淘汰されます)。そして、”移動”においても同様に、エネルギ―効率が最も良い形で生物は移動します。
エネルギーは魅力的なものなので、自分だけでなく他の生物も集まり、エネルギーをめぐって競争が起きます。競争の度合いによっては、そこにあるエネルギーには価値がなくなるかもしれません。例えば自分が、すでに持っているエネルギーを使って、エネルギーがたくさんあるところに移動したとします(ガソリンで車を走らせてガソリンスタンドへ向かうようなものです)。エネルギーのある場所には自分以外にもたくさんの個体が集まり、奪い合いが起こります。ライバルが多すぎると、せっかくエネルギーのある場所に移動したのに、自分の分け前はほんの僅かとなるかもしれません。下手すると、得たエネルギーよりも移動に費やしたエネルギーの方が大きいこともあるでしょう。この状態はエネルギー効率が良いとは言えず、移動しない方がマシです。つまり、生物はエネルギーがある場所ではなく、エネルギー”効率”が良い場所に分布しているはずだと予想されます。鳥類は渡りによって長距離を移動しますが、その理由もエネルギー効率で説明できるかもしれません。つまり、その場に留まるよりも渡った方がエネルギー効率がいいかもしれないということです。紹介する論文では、これについてコンピュータシミュレーションを使いながら検証しています。
鳥の分布をシミュレーションする
コンピュータシミュレーションでどうやって現実の鳥類の渡りを検証するのかというと、まずは鳥のいない仮想の地球をパソコンで作ります。仮想の地球では、現実の世界と同じように餌の量や気候が季節によって変わるようにします。そしてこの世界に、1種だけ鳥を放ちます(現実にはいない、ある鳥Xです)。鳥Xは仮想の地球上に散らばっているエネルギーによって、体温の維持・繁殖・渡りの3つを行うように設定しています(この3つをコストと呼びます)。鳥Xは仮想の地球上にたくさんいて、あらゆる場所を行き来し、エネルギーを使う(競争になる)ように設定されています。そして、鳥Xの中でも、エネルギーの使い方が最も上手な個体だけを、真の鳥Xとして仮想の地球に残します。その後、別の鳥Yを仮想の地球に放ち、鳥Xにしたことと、同じことをします。この作業を、仮想の地球上にあるエネルギーを新しい種が使う余地がなくなるまで繰り返します。では、パソコンでのシミュレーションが示す鳥の分布は、現実世界の鳥の分布と比べてどうなっているのでしょうか。
シミュレーションと現実は似た結果に
コンピュータシミュレーションは、現実世界の鳥の分布にそっくりな結果を弾き出しました(図)。現実の世界で鳥の種数が多い場所では、仮想の世界でも種数が多くなっていました。つまり、現実での鳥の移動の仕方には、エネルギー効率が大きく関与するという予想を支持する結果となったのです。なお、現実の世界で鳥類の多様度は、Bird Life International から提供されたモニタリングデータを基にしています。また、仮想の地球に存在できる鳥の種数は7,783種となり、現実世界より少ないものの、とび抜けておかしな数字にはなりませんでした。さらに、エネルギーの使い道として設定した3つのコスト(体温維持、繁殖、渡り)のうち、どれが大事そうなのかも、検証されています。その結果、繁殖と渡りのコストが現実世界の鳥の分布を考える上で重要だと分かりました。体温維持コストはそうでもないようです。これらのシミュレーションが示した重要なことは、コストに対して如何に得たエネルギーを効率よく使うかという、コスパが鳥の分布を決めているということです。アメリカの生物学者Fretwell (1980)は、「競争のない世界では、鳥たちは皆、定住するようになるだろう」と予測しています。彼の予想通り、エネルギーをめぐる競争と鳥の移動性には密接な関係があるようです。渡りは長距離を移動するので大変そうに見えますが、実はエネルギーの効率化を図った結果が渡りのようです。
未来も予測できる?
「所詮シミュレーションだから、現実とはちがう!」と思われる方もいらっしゃるでしょう。確かに現実の世界を完璧に計算されているわけではありません。著者らも書いているように、鳥の生理機構などは考慮されていませんし、陸生鳥類しか対象にしていません。また、標高が高い場所の予測はあまり上手くいっていません。しかしながら、パソコン上で生物の分布を計算するということには大きな意味があります。今後の気候変動などによって、エネルギーが豊富な場所が変わることも考えられます。その時に、今後の生物の分布はどう変わるのかいうことについて、シミュレーションは産業および生物の保全に対して有用な情報を提供することができます。さらに、この論文で行ったシミュレーションは、鳥以外でも使えます。回遊する魚類、渡りをする蝶、移動性の低い植物まで、鳥と同じように分布を計算できます。
モニタリング調査の重要性とご協力のお願い
この論文の根幹にあるのは、世界中の鳥のモニタリングデータです。どこにどれだけの種がいるのか、このデータがなければシミュレーションを行っても、現実世界の様子と比較することはできません。鳥類の今後を考える上で、地道なモニタリングデータこそが強い力を発揮し、予測精度を強化します。バードリサーチでは、全国繁殖分布調査や季節前線ウォッチなど、調査員を常に募集しています。ご興味のある方はバードリサーチまでご連絡下さい。あなたのご協力が必要です。どうぞよろしくお願い致します。
引用文献
Fretwell, F. in Migrant Birds in the Neotropics: Ecology, Behaviour, Distribution and Conservation (eds Keast, A. & Morton, E.) 517–527 (Smithsonian Institution Press, Washington, DC, 1980).