今年もガンカモ類が渡ってくる季節になりました。私たちは日本へ渡ってくる鳥だけに関心を向けがちですが、東アジアのガンカモ類は、繁殖地のロシアと越冬地である日本・韓国・中国を行き来する渡り鳥です。お隣の韓国と中国の越冬状況はどのようになっているのでしょう? 最近、これら三カ国での個体数調査の結果をまとめて、東アジアで越冬するガン・ハクチョウ類の個体数を分析した論文が発表されました。私も著者のひとりとして日本の状況を執筆しているのですが、この論文をもとに、日中韓の越冬状況についてご紹介しましょう。
飛び抜けて多い日本の越冬数
私には意外だったのが、広大な中国の越冬数が少ないのに対し、面積としては狭い日本の越冬数がとても多かったことです(図1)。日本はマガン、ヒシクイ、オオハクチョウの越冬数が他の二国より突出して多く、コハクチョウの越冬数は二位ですが一位の中国と近い数でした。一方、サカツラガンとカリガネは、ほぼ中国だけで越冬しています。
日本や韓国に比べて中国は十分に調査ができていない面はありますが、中国について執筆したJiaさんやCaoさんは、これらの種は沿岸部には少なく、長江流域の湖沼の越冬地データが中国で越冬する全個体数に近い数字だと考えることができると述べています。日本だとハクチョウなどは小さな池でも見られますが、中国ではガンやハクチョウは自然保護区になっている大型湖沼周辺にいて、日本のように人家近くへはあまりやって来ません。また北にある黄河流域は凍結するため、南の長江流域が主要な越冬地であると考えることは妥当だと思います。韓国では、これらの種は日本と同じように農地で見られ、オオハクチョウへの給餌も行われるなど、人と距離の近い環境で生息しています。
越冬地間のつながり
これら三か国で越冬するガンやハクチョウたちは、越冬地を別の国に変えることはないでしょうか? あるいは、越冬地は違っていても、ロシアでは同じ地域で繁殖していたりするのでしょうか?森口紗千子さん(新潟大学)が越冬地で集めたマガンの羽のDNAを分析して、地域間の遺伝的な関係を研究されているのですが、それによると、日本と韓国のマガンは同じ遺伝集団だと考えられますが、中国とは遺伝的な距離が離れているのだそうです。私たちの論文で紹介している三か国のマガンの個体数変化(図2)でも、日韓のマガン個体数が同時期に増えていることに対して、中国では増加が見られていません。こうしたことから、東アジアのマガンは、日韓と中国で二つの個体群に分かれていると考えられます。
中国での保護対策が急務
中国ではこの論文で分析した6種すべてが減少傾向にあることから、中国で保護対策を行うことが重要になります。生息地の自然湿地を保全することはもちろんですが、もうひとつ必要なことがあります。ガン・ハクチョウ類は日本ではあたりまえのように農地を採餌環境に利用しています。北米やヨーロッパでも同様に農地で採餌していますが、中国では、おそらく強い狩猟圧のせいで自然保護区内の湖沼にしか生息できなくなっているようです。中国では農地にやって来るガンカモ類は相当な数が毒餌や罠で捕獲され、市場で売られています。生け捕りにしたガンカモ類をしばらく肥育してから売るようなことも行われています。金になる野生動物の捕獲を禁止することには強い抵抗がありますが、そこの対策をしないことには、これらの種はさらに減少してしまうことでしょう。なお、私たちの国は絶滅危惧種のマグロやウナギですら捕獲規制をすることができずにいるため、日本人は外国に対してそうした意見を言いづらくなっています。まず私たち自身の国が率先して倫理的な行動を取らなければならないと思います。
最後に、2014年11月に北京で開催されたガン類研究者の集まり(Goose Specialist Meeting)でロシアの研究者から聞いた、かつて日本に渡っていたサカツラガンについての話を紹介しようと思います。サカツラガンは、ほぼ中国だけで越冬していますが、日本でも1950年代までは定期的な飛来がありました。現在のサカツラガンの主要繁殖地は中国・ロシア・モンゴルが接するあたりですが、かつてはアムール川流域に広く繁殖地があり、その個体群が日本に渡っていたようです。ハクガンやシジュウカラガンが復活したように、サカツラガンも日本に戻ってほしいものだと思っています。
参考文献
JIA, Q., KOYAMA, K., CHOI, C.-Y., KIM, H.-J., CAO, L., GAO, D., LIU, G. and FOX, A.D. (2016) Population estimates and geographical distributions of swans and geese in East Asia based on counts during the non-breeding season. Bird Conservation International. 1–21.
http://www.journals.cambridge.org/abstract_S0959270915000386
森口紗千子ほか (2012) マガンの遺伝的構造と標識個体の観察記録からみた生息地間のつながり. http://www.jawgp.org/anet/jg018b.htm
MaMing et al. (2012) Geese and ducks killed by poison and analysis of poaching cases in China. GOOSE BULLETIN. 15:2-11 http://www.geese.org/gsg/goose_bulletin/Goose%20Bulletin%20issue15.pdf