価値のある古い記録をデータに!
「昔はあちこちでアカモズを見られた」「昔はツルシギが毎年200羽の群れで渡ってきていた」というような話を聞くことがあります。日本では昔からいろいろな鳥の記録を全国各地の精力的なバーダーや団体がつぶさに記載してきましたが、そうした記録の多くが継承されることなく失われつつあります。そこで、国立環境研究所の北沢宗大さんらと一緒に、主に野帳などに蓄積されてきた貴重な記録を一時的にお預かりし、データベース化していきます。
このプロジェクトの趣旨
学会誌の発刊号(1915年)を見ると、各地の鳥類の分布記録の報告がたくさんあります(図1)。この頃以降、日本野鳥の会や各地に興った野鳥観察・保護団体の活動、個人による探鳥で、全国各地で鳥の分布や個体数についての記録が蓄積されてきました。しかし、こういった過去の情報の多くは、一括して確認したり参照したりできる状況にされないまま失われつつあります。
特に、個人の野帳データには既存の全国調査のデータで捉えることができていない地域、時期、情報がたくさん詰まっていますが、その継承体制が整っていません。先人たちが汗水たらして開拓してきたこういった記録は、それ自体が資料的価値の高いものであると同時に、未来の鳥類学の発展、鳥類保護に大きく貢献するものである可能性を秘めています。しかしながら、全国鳥類繁殖分布調査等の全国的なモニタリング体制が確立し、体系的な鳥類の記録が揃いはじめるのは1970年代以降のことです。すなわち、それ以前の記録はほとんどデータ化されていないのです。日本の自然が大きく変わった高度経済成長期以降に、私達はどれほどの自然を失ってきたかを把握しきれておらず、過去の自然の劣化を過小評価しているかもしれません。
こういった状況から、過去から蓄積されてきた貴重な記録を保存し、後世につないでいくために本プロジェクトを行っています。これまでに、日本の現代的な鳥類保護および野鳥観察体制の確立に貢献されてきた高野伸二さんや、塚本洋三さん、そして由井正敏さんの野帳をお預かりして、野帳の複製およびデータの抽出を行っています。
高野伸二さんの記録(1941年から1984年)
高野さんの記録は、1941年から1984年にかけて、関東や長野県を中心に、全国の記録があります(図2)。データの入力作業は完了し、現在は二重確認の作業中です。作業が終わっているのは1969年まで47,147件です。
特筆すべき記録としては、モニタリングサイト1000などのモニタリング調査の記録がない時代の東京湾の鳥の様子が記録されていることが挙げられます。モニ1000調査によると2000年代の三番瀬では100羽以上が記録されることもあったキアシシギですが、2010年代以降の秋季では最大でも50羽しか記録されていません。キアシシギの個体数は長期的に減少してきたであろうことが予想されます。
高野さんは、三番瀬がある東京湾でかつてシギ・チドリの個体数カウントに精力的に取り組んでおられました。当時高野さんたちは「新浜」(現在の行徳野鳥観察舎周辺)に毎週のように足しげく通っておられました。当時の新浜には現在の鳥類学や鳥類保護を支える豪傑たちが詰めかけていたようですが、その話はさておき、2004年以降の三番瀬の記録に、高野さんの新浜の記録を足して図示したものが図3です。なんと、高野さんの記録がある1950年代には1000羽以上のキアシシギが記録されたこともありました。現在ではまったく考えられない数です。なお、高野さんのデータで、1960年代に激減していることが、東京湾岸の開発によるものなのか、努力量に起因するものなのかはわかりません。他の方の野帳からもデータを起こすことができれば、こうした変化をより詳しく調べることができるかもしれません。
塚本洋三さんの記録(1953年から1960年)
塚本洋三さんからは、主に塚本さんの中学生時代から大学生時代に記録された野帳をお預かりし、データの抽出を行ってきました。塚本さんも高野さんと同様に、足しげく新浜に通っておられました。塚本さんの几帳面に記録された野帳を拝読していると「野鳥を観察する楽しさ」「野鳥を発見する楽しさ」そして「野鳥の不思議を探求する楽しさ」がこちらにまで伝わってくるのです。塚本さんの野帳の大きな特徴は修学旅行先や、北海道に遠出された際、そして通学中に観察された野鳥を事細かに記録されていることです(図4)。四国への修学旅行の際には、四国では減少が著しいサシバを繁殖期に記録されています。1960年の北海道への探鳥旅行では180人乗りの小さな釧路行きの貨客船に乗られ、海図を使いながら丁寧に海鳥の個体数と観察位置を記録されています。例えばウミガラスを593個体以上記録されていますが、この頃にはウミガラスの繁殖地である北海道天売島には、約8000羽のウミガラスが渡来していたことが知られています。現在は天売島への渡来は100羽程度ですが、当時は東北から北海道沖の太平洋側がウミガラスの重要な越冬海域であったことが示唆されます。
他にも特筆すべき記録として、東京都世田谷区二子玉川の多摩川河川敷におけるコアジサシ・シロチドリの繁殖記録(図5)が挙げられます。
古い野帳のご提供・入力作業協力者の募集
現在は、行徳野鳥観察舎の立ち上げや鳥類標識調査の普及に尽力された蓮尾嘉彪氏ならびに純子氏の16冊の野帳と、岩手県立大学元教授の由井正敏さんよる1966年以降の106冊の野帳にある膨大な記録を入力しています。このほかにも、主に1960年代や1950年代以前のまとまった記録をご提供いただける方を募り、データベース化を進めていこうと考えています。お預かりする際の規約も設けています。ただし、できるだけ古い記録、まとまった記録から入力していくことを考えているため、1970年代以降の野帳については、現段階ではまだ募集できません。
このプロジェクトは、データの入力と確認作業が律速になります。これまで、鳥類の観察経験が豊富な大学生、大学院生に入力作業をお願いしてきました。今後は、興味を持ってくださるバードリサーチの会員の方からも、入力協力者を募りたいと思っています。もし、古い野帳をご提供いただける・入力作業にご協力いただけるようでしたら、br@bird-research.jpにご連絡ください。




