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図書紹介:落葉樹林の進化史 恐竜時代から続く生態系の物語 ロバート・A・アスキンズ著 黒沢令子訳 築地書館 2,700円(税別)

バードリサーチニュース2017年1月: 4 【図書紹介】
著者:平野敏明

落葉樹林の進化史 本書は、2014年に米国イェール大学から出版された「Saving the World’s Deciduous Forests」の日本語訳である。本書の内容は、「落葉樹林の進化史」と日本語タイトルが付けられているが、著者がまえがきにも紹介しているように、北米やヨーロッパ、東アジアにおける白亜紀から現在にいたる落葉樹林とそこに生息する人間も含めた動植物の森林生態系の進化史である。恐竜が闊歩する白亜紀の森、氷河期と間氷期における落葉樹林の後退と拡大、人類の出現後の伐採や森林の分断化、さらには現在の落葉樹林やそこに生息する動物たちの諸問題や保全活動など実に多岐にわたった内容だ。
 本書のタイトルに「鳥」の文字はないが、著者が鳥類の研究者であることから本書の中身の多くの部分に鳥類生態学の諸問題が取り上げられている。たとえば森林の分断化と鳥の種数や個体数、地球温暖化、シカの食害の問題などである。本書は、極力専門用語を使わず、自然環境に興味を持つ一般の読者にも分かり易く解説するように努めている。その一方で、470本以上の参考文献や引用文献のリストをつけるなど、生態学を学び研究者を目指す人たちや、さらに詳しく知りたい人が、落葉樹林の進化史を深く、広く、学んでいけるようにも工夫している。

 本書を読んで、個人的にいくつか新たな発見があった。森林の分断化が鳥の生息状況に影響をおよぼすことは知っていて、一般に森林性の鳥では森林面積が広いほど生息密度が高いと思っていた。しかし、本書を読んで鳥の種によっては必ずしもそうでないことを知ったのも、その一つだ。ヨーロッパ大陸とイギリスのミソサザイは同一種だが、ヨーロッパ大陸のミソサザイは大きな森のほうが生息密度が高いのにイギリスでは小さな森の方が生息密度が高いという。北米とポーランドのミソサザイでは、根上がりした倒木の根の間に巣を作るため、成熟した大きな森林に強く依存しているが、イギリスのミソサザイでは小さな孤立林しか残っていない農耕地の環境に適応した結果、こうした違いが生まれたのだという仮説を紹介するとともに、捕食者の少なさとの関係にも言及している。

 また、北米やヨーロッパと日本の自然保護の考え方や取組の違いも興味深かった。北米では原生自然の保護を重視するのに対し、ヨーロッパでは希少種や絶滅危惧種の保護や農地や疎林放牧地のような人為的な環境の生物多様性の保全に関心があるとのことだ。そして、日本ではミニチュア的自然の保護であり、地域住民による市町村単位の自然環境の保護に興味が持たれていると紹介されている。結びでは、3地域の自然保護の取り組みの良いところを融合することが大切だとも述べている。日本各地で里山の保全やビオトープなど自然環境の保全に取り組んでいる人たちにも一層の活動意欲をもたらしてくれるのではないだろうか。

 最後に、本書の内容から少し離れるが、個人的に面白い発見があったので書かせていただく。本書で日本人の自然観を紹介するなかで京都の寺院や御所の襖や屏風に描かれた鳥の日本画の話題が登場する。その中に、ハクセキレイを描いた狩野山楽作と言われる水墨画があり、その活き活きとした姿に著者のアスキンズさんは感銘を受けたようだ。実際、挿絵をみると2羽のハクセキレイが今にも動き出しそうに描かれている。しかし、私にとって興味深かったのは16~17世紀初頭に描かれたこの水墨画にセグロセキレイではなくハクセキレイが描かれていたことだ。当時もハクセキレイは京都付近に多く生息していたのだろうか。ハクセキレイは1970年代以前は北海道や東北地方の北部で繁殖しており、1970年代中ごろ以降に繁殖分布が南下した鳥のはずなのだが(平野 2009)。ちなみにアスキンズさんは、水墨画に描かれた2羽の行動を求愛行動と書いているが、姿勢からおそらく雄同士の縄張り争いだろう。

 身の回りの里山や社寺林、山地の落葉樹林とそこに生息する鳥たちのたどっってきた道を思いめぐらす上でもお勧めしたい1冊である。

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落葉樹林の進化史 恐竜時代から続く生態系の物語
ロバート・A・アスキンズ著 黒沢令子訳 築地書館
定価2700円(税別)
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参考文献:
平野敏明. 2009. 生態図鑑ハクセキレイ. バードリサーチニュース[2009年1月号] 6(1): 4-5.

 

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