バードリサーチニュース

新人スタッフ&研究紹介(近藤紀子) ~ハシブトガラスの個体認知~

バードリサーチニュース2016年4月: 3 【お知らせ,レポート】
著者:近藤紀子

crow  2016年4月よりバードリサーチに加えていただきました近藤です。
わたしは高校3年生の夏に、自宅前の工事現場でカラスが建設資材のところで飛んだり跳ねたりして楽しそうにしているのを見て以来カラスに完全に心を奪われました。大学では心理学専攻に所属していたものの、ハシブトガラスの下僕として過ごしていました。研究していたのはハシブトガラスの個体認知とコミュニケーションについてです。その内容について簡単にご紹介します。

ハシブトガラスの社会と個体認知
 ハシブトガラスは、高い社会性をもつ鳥です。成鳥は一夫一妻のつがいを形成し、一年を通してなわばりを維持しています。一方で、繁殖をしていない若い個体(およそ3歳くらいまで)は特定のなわばりを持たず、若鳥どうしで群れをつくって暮らしています。この群れは固定的なものではなく、メンバーや個体数が柔軟に変化します(離合集散型)。このような社会では、相手個体が誰であるかを認識することで、同じ個体と何度も喧嘩をすることを回避したり、協力行動をとるなどの社会的なふるまいをすることができます。この、相手が誰であるかを認識する能力のことを「個体認知」といいます。個体認知のためには、個体ごとに異なる信号が存在し、個体認知の手掛かりとなりうること、その信号の個体ごとの違いを、個体認知を行う側が区別できる能力をもっていることが必要とされます。カラス科については、高い社会性と高次認知機能については研究がすすめられてきましたが、彼らがどんな信号を手掛かりにして個体認知をおこなっているのかについては明らかになっていませんでした。

鳴き声は個体認知の手掛かりとなるか?
 多くの動物では、個体どうしが離ればなれにならないようにするための鳴き声(コンタクトコール)が個体認知の手掛かりとなっていることがわかっています。ハシブトガラス(以下の文中では「カラス」はハシブトガラスを指します)については、「カー」と聞こえる単発の鳴き声(kaコール)がコンタクトコールであることがすでにわかっていました。そこで、カラスのkaコールが個体認知の手掛かりとなるかどうかを調べるため、飼育下のカラス5個体から録音したkaコールの音響解析を行いました。その結果、kaコールは、音の高さや長さなどの音響構造が個体ごとに異なっており、個体認知の手掛かりとなりうる信号であることを示すことが出来ました1。(http://sites.sinauer.com/animalcommunication2e/chapter13.02.htmlにあるJungle crowのところでわたしが飼っていたカラス5羽のkaコールを聞くことができます)。

見た目は個体認知の手掛かりとなるか?

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 写真1 2羽のカラスの顔の違い

 kaコールに音響的な個体差があることはわかりました。では見た目は個体認知の手掛かりになる でしょうか?わたし(人間)が飼育しているカラスを見た目で区別できるので、なんらかの物理的な違いがあるはずです(写真1)。しかし、解析しやすい音声に対し、見た目の違いを定量的に調べた人はカラス以外でもあまりいませんでした(見ればわ かるため、わざわざ解析する暇な人がいなかったと考えられます)。暇だったわたしは、カラスの見た目(顔)が個体によって違うかを調べるため、カラスの顔のパーツ(くちばしと目)の形や配置についてカラスの顔写真12個体分240枚を使って解析しました。その結果、見た目の印象どおり、目の位置や形、くちばしの形など、顔のパーツには物理的な個体差があることを数字で示すことができました2

カラスは他個体の表象をもつか?

 では、カラス は鳴き声と見た目を結び付け、「あの人はこういう声をしている」というような、他個体についての様々な情報を統合させた表象(イメージ)を持っているのでしょうか?たとえばわたしたちは、「Aさんは背が小さくて痩せていて、声が高め。私と仲がいいけれど近所のBさんとは仲が悪い」というように、物理的、社会的な情報をまとめて「Aさん」という個体についての表象をもっています。カラスはどうでしょうか?
 わたしたちは、カラスが他個体の鳴き声と見た目を結び付けて個体認知を行っているかを明らかにするために、期待違反法という方法を使って実験を行いました。期待違反法とは、予想していた結果とは違う結果が生じたときにびっくりするという動物の性質を利用した実験方法です。ここで、友達Aと服を買いに行ったことを想像してほしいのですが、友達Aが試着室に入ったあとで、試着室の中からまったく別の友達Bの声が聞こえてきたら、普通ならびっくりします。これは、試着室の中からは友達Aの声がするはずだ、とわたしたちが(無意識ではあるけれど)予想していたのに、違うことが起こったからです。わたしたちはこの方法を使って、カラスが他個体の見た目と声を結び付けて認識しているかを調べました。カラスにケージ越しにある個体を見せたあと、その個体の声を聞かせるか、別の個体の声を聞かせるかしたのです。

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 写真2 他個体が入っていたケージの方を覗き込      むカラス

カラスが他個体の見た目と声を結び付けているなら、他個体の見た目と鳴き声が一致しないときにはカラスはびっくりすると予測されます。カラスのびっくり具合は、音声が流されたあと、他個体が入っていたケージの方を覗き込むまでの時間と、覗き込んでいる時間の長さで調べました。実験の結果、カラスは見せられた個体と違う個体の鳴き声がしたときには、見せられた個体の声が聞こえたときよりも、ケージの方を覗き込むまでの時間が短く、長い間覗いていました(写真2)。また、この反応の違いは、相手が日ごろからよく知っている個体のときにのみ見られ、知らない個体のときには見られませんでした。このことから、カラスは他個体とのかかわりの中で、見た目(視覚情報)と声(聴覚情報)という異なる感覚情報を結び付け、他個体についての表象を持っているということを示すことができました3

カラスの社会の中での鳴き声の機能
 カラスが鳴き声や見た目を手掛かりにして個体認知を行っていることが明らかになったのですが、多様な鳴き声は何のために使っているのでしょうか?多様な鳴き声のもつ意味をひとつひとつ明らかにするのはとても難しいので、鳴くことそのものの意味を明らかにしようと考えました。社会的な動物のなかには、高い順位の個体が高頻度で鳴くという傾向がみられるものがいます。カラスは、先述したように柔軟な社会で生活しているものの、飼育下の群れでは明確な順位関係が存在することが明らかになっています。カラスの鳴く頻度は、群れの中の順位と関係しているのでしょうか。この点を明らかにするため、飼育下のカラスの群れについて観察を行いました。10羽からなる群れ(雌雄5個体ずつ)について、2個体間での社会行動を記録しました。特に喧嘩が起きたときに、喧嘩を売ったカラスと売られたカラスが誰か、喧嘩の結果(喧嘩を売ったカラスが逃げたかどうか)を記録して順位を調べると同時に、誰が鳴いたかを記録しました。その結果、kaコールは順位による発声頻度の違いがほとんどみられなかったのに対し、主に長距離のコミュニケーションで使われる連続コール(カーカーカー と聞こえる鳴き声)は群れの中で順位が高い個体ばかりが鳴いており、低順位の個体はほとんど鳴いていませんでした(図1)。

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 図1 順位による連続コールの発声頻度

 このことから、カラスは高頻度で連続コールを発することで、自分の順位の高さを他個体に伝えていると考えられます。他の動物では、高い順位の個体は頬の黒いパッチが大きい等、見た目で順位の高さがわかる信号(Badge of statusと呼ばれる)をもっていることがあります。離合集散型のカラスの群れでは、群れを構成しているメンバーによって、自分の順位が変動します。ある群れでは一番順位が高くても、別のメンバー構成のときには中程度、といったことがありうるのです。音声信号は視覚信号とは異なり、自分でON/OFFを制御することができます。このため、柔軟な社会に住むカラスにとっては音声信号が順位をアピールする手段として適していると考えられます。
 これら一連の研究から、カラスが群れの中で鳴き声や見た目を使って個体認知を行っていること、鳴き声で順位の高さをアピールしていることを示すことができました。バードリサーチではこのような基礎的な行動研究からはすこし離れた活動をすることになりますが、実験に協力してくれたカラスたちへの感謝の気持ちを忘れず、少しでも動物と人間の役に立てるような活動をしていければと考えております。どうぞよろしくお願いいたします。

引用文献
1. Kondo, N., Izawa, E. I., & Watanabe, S. (2010). Perceptual mechanism for vocal individual recognition in jungle crows (Corvus macrorhynchos): contact call signature and discrimination. Behaviour, 147(8), 1051-1072.
2. Kondo, N., & Izawa, E. (2014). Individual differences in facial configuration in large-billed crows. acta ethologica, 17(1), 37-45.
3. Kondo, N., Izawa, E. I., & Watanabe, S. (2012). Crows cross-modally recognize group members but not non-group members. Proceedings of the Royal Society of London B: Biological Sciences, rspb20112419.
4. Kondo, N., & Hiraiwa-Hasegawa, M. (2015). The influence of social dominance on calling rate in the Large-billed Crow (Corvus macrorhynchos). Journal of Ornithology, 156(3), 775-782.

 

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